日本一周の旅〜カルぺ・ディエム〜

元保育士が、自転車で日本一周します!

向かい風はつらい

朝、出発する身支度をしていたら、通りかかった人から、羽生結弦のパレードがあるという情報を教えてもらいました。予定的に時間が合わなかったので行けませんでしたが、後々、お店に入ってご飯を食べている時に、テレビでインタビューの様子を見ることができました。

いきなり話は逸れましたが、白石城→歴史探訪ミュージアム→武家屋敷へ行き、津波の被災地を見学しました。



今回は津波のことや放射能も少し見学し、昨日と同じで、その時のことを思い出したくない方もいると思いますし、(あまり大したことは書きませんが)自分の文章の書き方で気に触ることもあるかと思いますので、一番最後に書きます。また、その文章を書く前に、


↓ここから津波や放射能について書きます

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と記すので、見たくない方は飛ばしてください。よろしくお願いします。



はじめの、白石城へ行くまでに20kmありました。田畑に囲まれたところは何も遮るとこがないから容赦なく突風が襲ってきて、砂埃や虫も飛んでくるから目が痛い…。山に囲まれたと思ったら、向かい風だし、長い上り坂だし、勾配きついし…。天候はというと、カンカン照り…。自分がもし敵なら、今は自転車だけど、当時の移動手段は馬や徒歩で、重い甲冑や武器を持っていたのを差し引いても、戦う前に戦維喪失ですね。

着いたら、何やら掛け声やら音楽やらで活気づいていて、なんだ?と思い覗いてみると、天守閣前でよさこいのイベント?をしていて、各グループが踊りを披露していました。

白石城は、伊達政宗の重臣である片倉小十郎景綱の城です。

景綱のエピソードはいろいろ…

・謀略や内政にも優れ、智の片倉景綱と言われており、それだけでなく武勇もあったそうです。そのため、秀吉から引き抜きの話がありました。

・幼少時に疱瘡(天然痘)を患った政宗は、右目を失明して眼球が飛び出ていたので、それをコンプレックスに感じ、暗く内向的な少年でした。そこで景綱は、政宗の右目を短刀でえぐりました。

・景綱の妻が妊娠した際には、主君政宗より先に子宝に恵まれては申し訳ないと思ったそうで、息子を殺そうとしましたが、それを聞いた政宗が手紙での説得により留まりました。

・糖尿病らしき病でかなり太ってしまい、政宗に大きい鎧をもらいました。

などなど、彼にはいろんな珍エピソードがあるんですね。

ちなみに、続100名城スタンプは集めてなかったのですが、せっかくだし来た記念にもらおうと思い聞いてみると、スタンプ帳にしか押せません、と…。スタンプを集めている方、他のところは、聞いたら、別に入館料払わなくても押せるよ?とか、この紙で練習してみな!とか言ってくれるとこがほとんどだったのですが、スタンプを集めていてもしここに来る際は、忘れないよう気をつけた方がいいですよ。


歴史探訪ミュージアムでは3D上映をしていて、奥羽越列藩同盟の秘話『賊にあらず』をちょうどやっていたので、見てきました。戊辰戦争時、奥羽越列藩同盟と明治新政府が戦い、お互いが誇りと正義を持って戦ったんだよ、という内容でした。第三部まであって、続きが気になります(笑)


武家屋敷は、旧小関家のあったところで、中級家中の屋敷だそうです。素朴な造りで、いい雰囲気でした。


仙台の方へ向かう途中、山の上からひょっこり観音が顔を出していました。

その近くに、船岡城址っていうのがあったのですが、遠くから見た感じ、遠回りしたり山道を登る感じだったので、遠くから写真だけで辞めました。


昼はとっくに過ぎましたが、昼食にラーメン。普通盛りでこの量だったので驚きです。上に乗ったもやしだけでお腹いっぱいになりました。でもがんばって全部食べましたが、おいしかったのですが、自転車乗る時の態勢的に苦しかったです(笑)







↓ここから津波や放射能について書きます。見たくない方は飛ばしてください。よろしくお願いします。

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被災地を見に行きました。

まず、宮城にもまだ放射能の影響で土を取り除く作業をしていました。また、トラックで運んでいくのも見かけました。

↑写真は川のですが、山の方でもやってました。


海から10kmないくらい離れた場所です。田畑だった場所もあると思いますが、それと区別がつかないほど家がポツポツとしかないありませんでした。


海から1km県内に来ると、周りはすべて平地。たまーに建物が建ってるくらいです。

↑道を挟んで左右の写真を撮りました。

↑木が根元から折れたり根っこからひっくり返っています。

↑ここまで高く津波が来たことを記してます。

↑そして、海。ここから押し寄せたんですね。

↑復興に向けて。


自転車を走らせ、辺りを見ながら考えていると、息苦しく胸が重たくなり、自然と鳥肌も立っていました。この土地に住む一人ひとりが当時の壮絶な体験を抱えており、現状、ここまでの被害で当時の地震や津波のことを考えると、怖かった!では到底表現しきれない思いが溢れるに違いありません。


昨日今日とで、東日本大震災について書きました。最後になりましたが、東日本大震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げます。

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