日本一周の旅〜カルぺ・ディエム〜

元保育士が、自転車で日本一周します!

石巻の現状

これから、被災地のことに関しては、別で書くことにしました。
宮城の通った場所や観光した場所、門脇小学校跡、大川小学校跡などを見学しました。当時のことを思い出したくない方もいると思いますし、自分の文章の書き方で気に触ることもあるかと思いますので、見たくない方は飛ばしてくださいね。


通り道にて…
こっちの方でもまだ、放射能の土壌整備をしていました。また、津波の被害は想像を遥かに絶しました。福島の原発事故付近は自転車で通れなかったので見ませんでしたが、同じような感じなんですかね…。


○堤防

↑壊れた堤防を工事していました。


○雄島

↑津波の高さ、軽自動車のてっぺんまで来てます。

↑案内看板もおられておました。


○瑞巌寺

↑壊れたところや折れてしまった木など、修復や復興の工事をしていました。


○日和山公園
〈震災前〉

〈現在〉

〈震災前〉

〈現在〉



↑公園付近では、まだまだこういう感じが多く残っていました。


○門脇小学校跡
高さ6mを超える津波に襲われ、その後の火災で校舎が燃えてしまいました。生徒は裏山に避難し、助かる子が多くいました。



https://news.yahoo.co.jp/byline/katoyoriko/20160311-00055291/
↑こういうの載せていいのかな…?(もしダメなら消すので教えてください。)この記事を門脇小学校跡に行ったあとに読んだのですが、衝撃が大きかったです。もし時間があったら読んでみてください。


○大川小学校跡
まずは現状から…


震災時は…
この小学校は、河口から約5kmも離れているところにあります。しかし、北上川を河口から約5kmも津波がさかのぼり、小学校の屋根を越えたそう。

当時、そんなことが起こるなんて知らず、避難する際に、裏山ではなく川にかかる橋に逃げてしまい、多く児童が亡くなり、行方不明になってしまいました。

震災時のマニュアルはちゃんとあったと思いますが、一人ひとりの把握不足や、突然の出来事にパニックになって冷静な判断が出になかったんだと思います。
ここも廃校となり、負の遺産として残るので、今回のことを忘れず、亡くなった方のためにも今後に活かせるようにしたいですね。
震災時対応については、この地域だけでなく、すべての場所でしっかりと確認し、把握すべきだと思いました。
特に、幼稚園や保育園、学校、施設、病院などの命を預かる場所では必ず。今回のようになってからでは遅いんです。
また、法人が同じだからと、他のところとまるっきり同じマニュアルにするのではなく、その地域や環境にあった対応や行動を、みんなで考える必要があり、また、なーなーに避難訓練をするのではなく、しっかりと、真剣に取り組んで欲しいと願います。
以前も同じようなことを書いたかもしれませんが、あの日震災があって、自分住む神奈川でも大変なことはありましたが、最も被害が多い地域のことは、正直、ニュースなどでたまたま見た情報でしか知ろうとしてませんでした。また、本当に申し訳ありませんが、どこか他人行儀だったと思います。
だからこそ、7年越しではありますが、今回の旅で実際に行き、見て、触れて、感じることができてよかったです。


そして、このブログを書き終わる寸前に、「大川訴訟、仙台高裁より、震災前の防災体制の過失を認定」とタイムリーなことをネットニュースでやっていました。自分の最愛の子がと思うと、誰かを責めたくなる気持ちはわかります。自然の現象になんて到底当たれないから、それが学校側に。責めていないと押し潰されそうになるだろうから。親も親で、こんなことしたって帰ってこないことは当にわかっているはずです。でも、もう今更やめられないのもあるんだろうな。
また、三つのテレビ局が、主材で撮りに来ていました。当時の学生もいました。

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