日本一周の旅〜カルぺ・ディエム〜

元保育士が、自転車で日本一周します!

諦めました…

まぁはじめに、諦めたのは旅のことではないので心配しないでくださいね(笑)


今朝は濃霧でした。視界も悪かったので少し待機。

のちに晴れました。


海辺では、風化した岩がすごく、人口で削ったみたいな岩が多くありました。

鮪の岬。安山岩の岩肌が、マグロの鱗のように見えるからこう呼ばれているそうです。


お昼ご飯で食べました。

そこに飾られていた色紙に、大泉洋のサインがあり、映画の撮影の時に食べに来たらしいです。また店員さん曰く、日付間違って書いたのははじめてだそうです。

そして、太田神社は北海道一のパワースポットだよっておすすめしてくれ、地図上では見かけたから知っていましたが、普通に通り過ぎる予定ではいて、それならと思って寄ることにしました。


太田神社。入口からすごい急な階段でした。まぁ少しだけ登っておしまいかな?きついのは最初だけかな?なんて考えが甘かったです。あと、クロックス風のサンダルで行こうと思ったのがバカでした(これしか持っていないので仕方ありませんが…)。

はじめは下をちょこちょこ見れる余裕があったのですが、2/3を登ったら、さらに傾斜が急になり、手すりをしっかり掴みながら進みました。階段を登りきってみると、これ本当に道なの?ってくらい険しそうな景色が続いていたので、思わず、急いでどんな感じのルートかを調べることにしました。うん、無理無理(笑)怖すぎです。情けないですが、自分には登れるだけの器がありませんでした。

でも、そこでおしまいにしようにも、下りるのも怖く、ロープと手すりを強く握りしめて、へっぴり腰になりながらお尻から降りました(笑)

ようやく降りることができた後は、軽く膝が笑って手も震えてました(笑)

ちょっと離れてから本堂らしきものや道のりらしきものでも見えるのかな?なんてちょこちょこ後ろを見ながら走っていたのですが、上の方、すごい濃霧でした。こりゃあ登れたとしても酷い有様だったのかなと…。あの初期の段階で諦めて正解でした。仮に登れたとしても、1人じゃ降りれません(笑)

後でアップできるよう、地面やロープにへばりつきながら何枚か撮ったのですが、怖すぎて訳のわからない写真しか撮れてませんでした(笑)こうやって、どれをアップするか見返してるだけでも、あの時のことが蘇ってドキドキしてます(笑)

でも、一回は参拝してみたいです。

一日ゆったりと

1日雨のため、あまり移動はせずゆったりと過ごしました。


かもめ島と開陽丸記念館へ行きました。


もともと開陽丸記念館には行こうと思っていて、地図で調べていると「弁慶の足跡」というのがかもめ島にあるとのことで、来てみました。

いろいろと観光ポイントはあるようです。


馬岩。義経が残した愛馬が岩になったとされるそうです。真ん中あたりの白い岩です。


瓶子岩。姥が、神からもらった瓶の中の水を海に注ぐと、ニシンの群れが現れ、岩はその壺が逆さになったものだそうです。


途中の横道。奥に行ってみたかったのですが、進入禁止でした…。


これはさすがに人口の穴ですよね。こんな等間隔にきれいにあくなんてあるんですかね?


北前船の係船跡。昔はこの島が江差の港で、その跡が残っていました。海側からの風を防ぐ、自然の防風壁だったようです。


砲台跡。諸外国の船対策として、北にテカエシ台場、南にキネツカ台場が設けられたそうです。

キネツカ台場は、箱館戦争の際、旧幕府軍が新政府軍の軍艦に対して砲撃した場所だそうです。

↑テカエシ台場

↑キネツカ台場とそこから見える景色


千畳敷。波や波によって岩が削られて平らになり、千枚の畳を敷けるほどであることからこう呼ばれています。


ここは、新日本百景にも選ばれているそうですが、この通り、あいにくの天気でした(笑)まぁ天気に関わらず千畳敷はすごいですよ。


弁慶の足跡。ちょっとわかりづらいので、説明板も一緒に載せておきます。雨だからと置いていきましたが、これなら望遠レンズ持っていけばよかったです。


一周回ったあと、馬岩の方に行ける道があるので、そっちにも行くことにしました。

この橋辺りの写真を撮り、ドキドキワクワクで冒険開始です。

橋を渡り、トンネルを通ろうと足を踏み入れた瞬間、突然何か物体が視界に現れ、思わず声に出して驚いてしまいました。正体は、オバケとか見間違いではなく、おじいさんでした(笑)誰もいないと思ってたし、その人、そこから景色を眺めるために立ち止まっていたそうで、物音も何もないのは当然ですが、だいぶびっくりしました(笑)

幸先の悪きスタートでしたが気を取り直して(笑)

所々穴があいていたので見てみましたが、奥までは続いていませんでした。

もう少し進むと、そそられる場所が(笑)入口は、腰を曲げて縮こめてやっと通れるくらいの大きさで、その奥は少し広々としていて、すぐに砂浜に抜けました。

馬岩の方まで行くには、海に進入しながらでないと行けそうになかったので、ここで終了。

上の観光ポイントより楽しかったです(笑)


開陽丸記念館。

幕末期に、ペリーが浦和に来る前にも、何度か外国の船が近くまでやって来ていたそうで、フェートン号事件以来、異国船打払令を発布する一因となり、また、日本は諸外国に対抗するために、オランダ政府に軍艦建造をお願いしました。そして、造船技術や航海技術などを学ぶために、榎本武揚含む留学生はオランダに行くことになりました。ちなみに着いたのは、10ヶ月もかかったそうです。

やっとのことで開陽丸が完成し、日本に帰ってきましたが、幕府の存続もままならない状況にあり、その4ヶ月後に大政奉還したそうです。

そこから以前も書いた通り、榎本武揚たちは蝦夷地へ向かい、箱館戦争へとつながっていきます。

最終的に、江差をなんなく旧幕府軍が占領するも、沖にて暴風雪のため座礁し、数日後にに沈没してしまいました。

ここの注意喚起の書き方がおもしろかったです。


少しやむことがありつつ、ほとんど1日雨が降っていましたが、今日は思ったほど寒くありませんでした。明日は晴れるようなので、たくさん移動したいと思います。

景色最高

風は強く冷たかったものの、最近とは打って変わって暖かかったです。いや、もはや暑かったです(笑)北海道に入ってはじめてTシャツ2枚で過ごしました(笑)でもやっぱり暖かい方がいいです。


松前藩屋敷→北鴎碑林→大滝の古戦場→昇平丸慰霊碑を見ながら走りました。


松前藩屋敷は、北海道唯一の城下町で、近江商人や北前船によって交易が行われ、物資とともに方言や食文化なども移入されており、大いに栄えました。そのため、「松前の五月は江戸にもない」とうたわれていたそうです。


やっぱり花がきれいです。また新しい種類を見つけました。本当にちょうどいい時期ですね。

↑しだれ桜

↑関山

↑鬱金

↑紅時雨

↑松月

↑紅蘭

↑白たんぽぽ


金子鴎亭と北鴎碑林。知りませんが、たくさん石碑がありました。その周りにも、他の方の石碑が何十個もありました。


こっちの方は、高い位置にある橋が多いですね。橋がかかって、交通面ではすごく便利になったんでしょうけど、帽子が終始飛びそうだし(帽子はすぐにしまいました笑)、なにより怖い(笑)


橋と言えば、「願掛1号橋」というのがありました。どこまで続くんだろうって少し期待しながら走らせ、次は「願掛2号橋」。その次は…「ドアサ橋」「小砂子橋」。あれ?そのまま終わっちゃいました(笑)残念(笑)

今出てきたのもそうだし、橋の名前で、「ドアサ橋」「チロロ小橋」というのがありましたが、アイヌ語とかなんですかね?


途中、大滝の古戦場がありました。説明看板はありませんでしたが、箱館戦争のものでしょうね。


昇平丸慰霊碑、最終の地という場所もありました。この船は、幕末に薩摩藩が建造し幕府に献上した日本初の洋式軍艦です。小樽へ向かう途中で風雨にあい、沈没したそうです。


移動中は、天気がいいのも幸いして、景色は最高でした。海も山もきれいで、景色が変わらないのかと思いきや、開ける景色は毎回違う表情を見せるので、飽きませんでした。


夜ご飯の温どば天丼セット